私たちの周りにはたくさんの「決まり」があります。
法律や規則、校則といった公的な「決まり」から家事の分担や家庭での役割、ルーティンといった私的な「決まり」まで。
無意識ながら多くの「決まり」に囲まれて生活を送っています。
私たちを取り巻く「決まり」は、
- 良し悪しを判断する指標になる
- 明確な分類ができる
- 行動を律する力になる
といった特性があります。
「決まり」に従って良し悪しを判断したり、役割分担をしたり、行動を変化させたりと、何かしらの判断や行動をする前段ではこの「決まり」に自然と頼って生きています。
ただ、判断や行動を制御する「決まり」を過信しすぎて、
- この「決まり」こそが正しいものだ
- この「決まり」が絶対だ
- 「決まり」は破ってはいけない
と「決まり」に依存しすぎることに対する強い疑念があります。
「決まり」を意識しすぎるがあまり、自分らしい判断や行動に制限がかかっているのではないか、と感じることも。
そこで今回は、「決まり」をテーマに、決まりに従い続ける必要があるのかについて考えていきます。
「決まり」に従い続ける必要はあるのか?
そもそも判断や行動に制限をかけてまで、「決まり」に従い続ける必要はあるのでしょうか?
私は「決まり」に従い続ける必要はないと考えています。
その理由は、こちらの3つ。
- 「決まり」は変化し続ける
- 都合のいい「決まり」にだけ従うようになる
- 「決まり」が言い訳に使われる
ひとつずつ解説していきます。
1)「決まり」は変化し続ける
私たちが判断や行動の拠り所にしている「決まり」は時代によって常に変化しています。
つまり、「決まり」は時代の流れによって変化する流動的な指針です。
このため、ひとつの「決まり」に従い続け、支配されることは非常に危険なことです。
なぜなら、一昔前に正しかった「決まり」がいま正しい「決まり」かどうかはわからないからです。昔の「決まり」が正しいと周りに押し付ける独りよがりの主張が、まったく受け入れられない時代に変化する可能性があることも念頭に置いておく必要があります。
「決まり」に従い続けることは、要するに、時代遅れの「決まり」に固執して変化を受け入れられない状態だとも言えます。
ではなぜ、変化することなくひとつの「決まり」に従い続けてしまうのでしょうか?
その要因として、「決まり」が不動かつ絶対的で高貴なものだという誤った認識が蔓延っているからだと考えます。
過去を振り返ってみると、公的な法律や規則、校則といった「決まり」も時代の流れとともに変化してきました。
例えば、学校の場合、私が小学生の頃は土曜授業が行われていましたが、途中で土曜授業がなくなりました。私はゆとり教育をどっぷり受けてきましたが、今では「ゆとり」の「ゆ」の文字すらなくなっています。また、私の時代は学校に携帯を持ってくると先生から携帯を取り上げられていましたが、今では子供と親の連絡手段や登下校中の安全を守る手段として携帯を持つことへの認知が変わり、その変化に応じて校則が適応しています。
このようなことからも、「決まり」が
- 不動ではない
- 絶対的ではない
- 決して高貴なものではない
ということがわかります。
「決まり」は時代の流れによって変化します。過去の時代に正しいとされていた「決まり」が、必ずしも今の時代にも当てはまる正しい「決まり」とは限らないのです。同じく、今の時代に正しいとされている「決まり」が、先の未来では誤っている「決まり」になることだって十分あり得るでしょう。
2)都合のいい「決まり」にだけ従うようになる
普段から私達は「決まり」を判断や行動の拠り所にしているわけですが、「決まり」に従い続けると、次第に都合のいい「決まり」ばかりに依存し始めます。
つまり、自分にとって都合のいい「決まり」こそが正しいものだと誤解し始めるのです。
人は易きに流れやすいもの。だからこそ、自分に有利に働いたり、ラクができたりする自分に都合のいい「決まり」を見つけると手放すことが難しくなります。
だからこそ、次第に「決まり」に従い続けるという選択しか取れなくなってしまいます。いくら「決まり」に従い続ける必要はない、と主張したところで『そんなわけがない』『わかっていない』と全く理解されないでしょう。
もし都合のいい「決まり」だけに凝り固まりたくないと思う場合は、
- 身の回りにはどのような「決まり」があるか【現状把握】
- 今正しいと思っている「決まり」は本当に正しいか【疑問を持つ】
- 真逆の考え方で成り立っている「決まり」はないか【新たな発見】
を意識して、身の回りの「決まり」を一度見つめ直してみてはいかがでしょうか?
現状を把握して、現状に疑問を持ちつつ、別角度からの視点を取り入れることで、多種多様な「決まり」に触れる機会が増えるはずです。
3)「決まり」が言い訳に使われる
「決まり」に従い続ける最大の理由は、「決まり」を言い訳として使うことができるからだと感じています。
つまり、最終的な逃げ道や防衛手段として、「決まり」に従っておいた方が自己防衛につながるのです。
「決まり」が言い訳に使われるパターンとしては
- 公的の場
- 私的の場
という2つによって状況が多少異なります。
「公の場」の場合、責任問題が大きく取り上げられる現代においては、責任の所在を明確にしておくことが求められます。防衛策を取りつつ、ありとあらゆる判断や行動をするには、都度悪者を作り上げておく、ことが必要です。少し皮肉交じりの言い方ですが、自分自身に責任の所在が及ばぬよう、自分以外に悪者の対象になる“モノ”を準備しておかなくてはいけません。
その悪者の対象となる“モノ”こそが、「決まり」になります。他人を悪者の対象として蹴落とすやり方も世の中では珍しくありませんが、それでは角が立ちます。穏やかな人間関係は築けません。
だからこそ、「決まり」という存在しない“モノ”を対象にすることで、人間関係を保ちつつ、責任の対象から自分自身を守ることができるのです。「決まり」を悪者にすることによって、責任の所在を明確にできます。
一方、「私的の場」では、自分の行動や成果、結果を納得させるため、ときに心の安定剤とも言える逃げ場が必要です。
- 行動しない
- 行動しなかった
- 行動できなかった
そんな自分を正当化させる理由を求めています。
そこに登場するのが、「決まり」という言い訳。「決まり」を正当な理由と位置づけることで、行動に制限をかけても『「決まり」だから、本当は挑戦してみたかったんだけど、私はやらなかった。』と自己防衛の理由付けができます。
行動に制限をかけた原因を、自分ではなく他の“モノ”に転嫁させることができるのです。
最後に。
今回は、「決まり」に従い続ける必要があるか?というお話をしてきました。
私が「決まり」に従い続ける必要はないと考えている理由はこちらです。
- 「決まり」は変化し続ける
- 都合のいい「決まり」にだけ従うようになる
- 「決まり」が言い訳に使われる
「決まり」は時代とともに常に変化しているもので、絶対的なものではありません。
いまは正しくても、将来は正しくなくなることだってあります。逆も然りで、いま正しくなくても、将来正しくなることだってあるでしょう。
「決まり」に対して、不動で絶対的だというイメージがあった方は、1つの意見として参考にしていただければ幸いです。
そして、「決まり」を理由に行動に制限をかけてしまっている方は、一度「決まり」に従うことを辞めて、自分がどうしたいかを考えてみてはいかがでしょうか。「決まり」は正しい風を装っているだけで、知らぬ間に言い訳に使える都合のいい「決まり」ばかりを身に纏っていることだってあります。
私もついつい、
- これは「決まり」だから、辞めておこう。。。
- 昔からの「決まり」だからこれが正しいや。。。
というラクな考え方に流されることが多いです。
その度に、これは易きに流れて考えることに蓋をしている状況だと、繰り返し言い聞かせています。
思考を止めることはとってもラクです。
でも、考えるからこそ楽しい、私はそう思っています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。
《注》ここで書かれている内容は、あくまで個人的見解であり、一個人の記録としてご笑覧いただけると幸いです